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名古屋地方裁判所 昭和56年(ワ)978号 判決 1982年10月20日

原告

武田麻吉

ほか二名

被告

竹田宗市

ほか一名

主文

一  原告らの請求はいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告)

一  被告らは、各自原告武田麻吉、同武田さだ子に対し、それぞれ二二五万円、同武田勝に対し五〇万円およびこれらに対する昭和五六年一月二日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  仮執行宣言

(被告)

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

(一)  事故の発生

1 日時 昭和五六年一月二日午前九時四五分ころ

2 事故現場 名古屋市守山区大字森孝新田字戊二八一―二三先

3 加害者 被告竹田宗市(以下宗市という。以下原被告個人についてはいずれも姓は省略する。)

4 被害者 亡武田和子

5 態様 被告宗市は被告合資会社和竹工芸(以下会社という)の保有する普通乗用自動車を運転して西方から東方にむかつて前記事故現場に時速約八〇キロメートルでさしかかつた際、前方不注視の過失によつて、右現場に設置された横断歩道を南から北にむかつて歩行中の被害者の発見が遅れてこれに衝突し、同人を跳ねとばして即死させた。

(二)  被告らの責任

被告会社は前記自動車を所有し運行供用者として自賠法三条にもとづき、被告宗市は前掲(一)5のとおりの過失により本件事故を惹起したものであり、民法七〇九条にもとずきそれぞれ原告らに対し損害を賠償すべき義務がある。

(三)  損害

1 逸失利益 一、二六六万円以上

被害者は本件事故当時四三歳(昭和一二年一月三〇日生)であり、毎月金一三万六、一〇〇円以上の収入があつたものとみなされるので、六七歳まで二三年間就労可能とし、その生活費を五〇パーセントと考えて、ホフマン方式で中間利息を控除する。

2 慰藉料 一、〇〇〇万円以上

被害者の父である原告麻吉、母である原告さだ子の慰藉料は各自四七五万円以上、唯一の兄弟である弟原告勝のそれは五〇万円以上である。

3 葬儀費用 一九〇万円

弔い料として大光院に五〇万円、ナゴヤ葬典社に六〇万円、法事等供養料として八〇万円の支出を余儀なくされた。

4 弁護士費用 四四万円以上

原告らは本訴提起について弁護士祖父江英之に委任し三名で四四万円以上の報酬を支払うこととした。

(四)  損害の填補

被告らは二、〇〇〇万円を昭和五六年二月一四日までに支払つた。

(五)  以上とおりであるから、原告らは被告両名に対して、(三)の総額二、五〇〇万円以上から前項の填補額二、〇〇〇万円を控除した五〇〇万円以上の債権を有するので、そのうち原告麻吉、同さだ子はそれぞれ二二五万円を、原告勝は五〇万円を、被告両名に対し連帯して支払を求める。

二  請求の原因に対する答弁

1  請求原因(一)の事実のうち、5の当時の時速が約八〇キロメートルであつたことは否認するけれどもその余はすべて認める。

2  請求原因(二)の事実は認める。

3  請求原因(三)の損害額はすべて争う。

4  請求原因(四)の事実は認める。

5  請求原因(五)は争う。

三  抗弁

1  昭和五六年二月六日、原告麻吉、同さだ子および被告両名との間で本件事故について被告らが右原告らに対し総額二、〇〇〇万円を同月一五日限り支払う旨の示談契約が成立し、それに従つて被告らは同日限り二、〇〇〇万円を支払済である。

2  仮りに右原告両名と被告会社との間では示談契約が同日成立していなかつたとしても、右二、〇〇〇万円の支払によつて被害者の損害および右原告両名の各損害のうち被告会社の賠償すべき損害は既に填補されている。即ち、被害者と原告ら近親者の損害は葬儀費も含めてたかだか総額二、〇〇六万円程度とみられるところ、被害者にも本件事故の発生について二〇パーセント程度の過失がある。

四  抗弁に対する答弁

1  抗弁1の事実のうち被告らと原告麻吉、同さだ子の間に示談契約が被告主張の日に成立したことは認めるけれども、その余は争う。

2  抗弁2の事実は争う。

五  再抗弁

1  被告麻吉は前記示談契約の交渉の経過で大正海上火災保険株式会社社員から本件事故による慰藉料は被害者本人は二〇〇万円、両親は各自二〇〇万円程度と教えられ、又同原告が相談した公共の交通事故相談所でもおおむねその様な教示をうけた。又当時原告麻吉は被告会社は強制保険にしか加入していないと信じていた。そのため、慰藉料総額六〇〇万円を前提とした損害賠償額を二、〇〇〇万円とする被告らの申込にやむなく応じたものであるが、本件示談契約は要素に錯誤があり無効である。即ち原告麻吉は本件事故の慰藉料は八〇〇万円ないし一、〇〇〇万円が基準であることを契約の翌々日知つた。又同原告はその後の交渉の間で昭和五七年二月一八日になつてようやく被告会社が任意保険契約をしていることを知つた。

2  仮りに右の主張がいれられないとしても被告らは前項のごとく詐欺によつてその旨原告麻吉を誤信させて本件示談契約を成立させたものであるから、原告らは右契約を取消す旨の意思表示を昭和五六年二月九日右示談契約成立の際に仲介の労をとつた保険会社社員に電話で意思表示した。

六  再抗弁に対する答弁

1  再抗弁1の事実のうち、慰藉料が被害者本人は二〇〇万円、両親が各二〇〇万円と教示したことは認めるけれどもその余は否認する。

2  再抗弁2の事実のうち、昭和五六年二月九日、本件示談契約について原告麻吉が保険会社社員に電話して来た事実は存するけれどもその余は否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因(一)の事実のうち、事故当時の被告宗市の速度を除いたすべての事実および同(二)の事実は当事者間に争いはない。

成立に争いのない甲第一、二号証および原告本人麻吉の本人尋問の結果によれば、原告勝は原告麻吉、同さだ子夫婦の長男で、事故当時生存していた被害者の唯一の兄弟であつたことが認められる。

民法七一一条によれば生命侵害による慰藉料を請求しうる親族は法律上限定されている。それにもかかわらず兄弟として固有の慰藉料を請求するには、請求者に前記七一一条所定の者に類する事情が存する場合に限られると解されるところ、本件では原告勝はかかる事情を何ら主張立証していないので、爾余の判断をするまでもなく同原告の請求は理由がない。

二  抗弁1の事実のうち、原告麻吉と同さだ子と被告宗市との間で昭和五六年二月六日本件事故について二、〇〇〇万円で示談する旨の契約が成立したことは当事者間に争いはない。

原本の存在および成立に争いのない乙第一号証および証人篠原永七、同舟越信三の各証言、原告本人麻吉、同勝および被告代表者本人竹田和夫の各本人尋問の結果によれば、被告会社は竹田和夫が職人を一人雇つているほかは被告宗市ら家族の手を借りて木製家具を製造している所謂個人会社であること、本件事故後、原告麻吉の意向を入れて一月一三日に被告宗市と和夫親子はほかに大正海上火災保険株式会社社員の篠原永七同じくその代理店をしている舟越信三に同行して貰つて原告麻吉方を訪れて、本件事故の損害賠償について話合いをしたこと、その際篠原は被告会社が任意保険契約をしている保険会社の担当者として話合いに関与することを原告らに話したこと、原告麻吉は妻の同さだ子から右話合いについてすべてを委されていたが、その際同麻吉は、既に被告らから任意保険が五、〇〇〇万円入れられていることを聞いていたので、死亡事故の場合の自賠責保険の最高額は二、〇〇〇万円であるから、これらの和である七、〇〇〇万円の半額の三、五〇〇万円を原告らの要求額として提示したこと、これに対し篠原は本件事故の自賠責保険の慰藉料は被害者本人のそれが二〇〇万円、両親のそれが各二〇〇万円で、同保険で填補される額は一、九〇一万円程度にしかならず、これに任意保険による保険金を加えても損害賠償額はたかだか一、九五〇万円であると原告麻吉に話し、互に検討することとしてその日は被告らは同原告方を辞したこと、翌二月六日に被告宗市親子は篠原、舟越に再度同行して貰つて原告麻吉方を訪れたが、それまでの間に同原告は名古屋市の交通事故相談所に出かけて、篠原から出された数値を示して相談したが、同相談所でも篠原の示した数値はおおむね妥当な額であると教えられていたこと、右二月六日の会合に臨んで原告麻吉は自賠責保険でも死亡事故は最高二、〇〇〇万円出るというのに二、〇〇〇万円以下ではいかにも可愛想ではないかと言つて賠償額を二、〇〇〇万円に引き上げることを要求したので、篠原は、和夫に対し一、九五〇万円は保険で出るから、残余の五〇万円を同人が出すようにすすめ、同人もこれを承知し、結局損害賠償額は二、〇〇〇万円で折り合い、被告らはこれを昭和五七年二月一五日までに支払うこととしたこと、示談書には、原告側は同麻吉のみが、被告側は同宗市のみがそれぞれ署名捺印したこと、原告麻吉は右示談書を作成した二月六日の翌々月である二月八日に、新聞で東京三弁護士会交通事故処理委員会が出した昭和五六年度の民事交通事故訴訟の損害賠償の基準によれば独身男女の慰藉料は八〇〇万円ないし一、〇〇〇万円であることを知つたこと、原告麻吉は、翌九日に、篠原に対し、示談したけれどもその後新聞でみたりしても金額が少すぎるので何とかならないかと電話で申入れたことが各認められ、右認定に反する原告麻吉の供述部分は信用しないし、他に右認定を覆すにたる証拠はない。

以上の事実を総合して判断すると、昭和五六年二月六日に作成された示談書(乙第一号証)には原告麻吉と被告宗市のみが署名捺印しているにすぎないが、事故直後の話合いから被告会社の代表者であり、被告宗市の父である和夫は終始示談交渉に立席し、仔細な点については保険会社の社員として知識の豊かな篠原に委せたがあくまで金は和夫が払う立場で関与し、最終的に当時篠原が保険ではまかないきれないと考えていた一、九五〇万円を越える分は同人が支払うことを承知して二、〇〇〇万円の支払が決定した経違に照せば、右示談書の記載にも拘らず、本件事故の損害賠償の示談は、原告側は被害者の相続人である原告麻吉、同さだ子を、被告側は被告宗市と、同会社をそれぞれ当事者としその間で成立したものと解するのが相当である。

三  再抗弁1は、要するに、原告麻吉が前記交通事故処理委員会の支払基準を知らずに篠原の示した六〇〇万円の慰藉料額を通常の慰藉料と誤信した点に錯誤が存したと主張するものであるが、昭和五六年一月当時の自動車損害賠償責任保険査定要綱として監督官庁の認可をうけていた基準によれば、本件のような被害者が固有の損害賠償を請求しうる親族を二名残して死亡した場合は慰藉料は六〇〇万円程度であり、自動車対人賠償保険支払基準によつてもおおむね同じ位の金額であることは当裁判所に顕著な事実であり、又前記交通事故処理委員会の出した基準は、そのころ出された新しい一つの目安にすぎないことに徴すれば、原告麻吉には法律行為を無効ならしめるような要素の錯誤があつたものとは認められず、又再抗弁2については、既に認定したように被告らは当初から任意保険契約が締結されていることを原告麻吉に伝えてあり、同原告もこれを前提に話合いをしていたのであるから、この点についても錯誤による無効ないし詐欺による取消を認めることはできず、他に本件全証拠によつても原告らの再抗弁を認めるにたる事実は認められない。

四  以上のとおりであるから原告らの請求はすべて理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担については民訴法八九条、九三条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 笹本淳子)

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